2011年01月19日

内田樹

ご無沙汰しています。
あーさーです。
リレーブログ復活というワケで、50音順で一番早いので回ってきちゃいました。

では本題。
タイトルで「内田樹」と挙げたワケなんですが、この方をご存知でしょうか?
実は神戸女学院の教授をされている方なんですね。
フランス文学や現代思想を専門にされています。
で、わたしはこの内田センセのファンなのです(まあ私はフランス文学には全くの門外漢なんですけど)。
そしてこの内田センセが、京大で講演をなさるということで、本日は京大まで足を延ばし、拝聴してまいりました。

その内容の中で、私が印象に残った部分をちょっとだけ紹介してみようと思います。
今日の演題は「日本の人文科学に未来はあるか(あるといいけど)」というものでした。

今日、私の印象に残ったのは、「アカデミシャンは時代のフロントランナーたりえなければならない」という指摘です。
時代の最先端を走ってこそのアカデミシャンなのに、殊に人文科学について、学者は、ある学問領域が、既知の知識の中のどこに位置づけられるかを明らかにすることに知的リソースを注ぎ込んでいるとおっしゃるのです。
すなわち人文科学の学者は、真っ白の地図の中に新たな道を書き込んでいくのではなく、ある学問領域が既に書かれた地図(過去の業績)の中のどこにあるか指摘しているのです。
だから、人文科学の中では、未知の事象があると、非常に都合が悪いのだそうです。
しかしこれでは、人文科学の研究者はアカデミシャンにはなれないというワケですね。

これに対し、理系学問においては、最先端の研究をしているほど、未来に目が向けられているといいます。
最先端の研究をしていれば、否応なく未知の世界を知ることになる。
この未知との遭遇において、理系の人々は知的リソースを総動員して、未知にどう対処するかを考えるのです。

人文科学は過去を見ているが、理系学問は未来を見ている。
これは非常に面白い指摘だと思います。

私自身は社会科学(政治学)を学ぶ身ですが、未来を見据え、未知にどう対処するかを考えながら学問していきたいと思いました。

ちなみに、この内田センセは多くの本を出しておられるので、興味があれば、是非一読してみてください。
軽い文体の中に、素晴らしい洞察力による指摘が数多くあり、きっと目からうろこが落ちると思います。
『街場の現代思想』(文春文庫、2008年)や『街場のメディア論』(光文社新書、2010年)などはおススメです。

すいっちとは全く関係ない話になっちゃいましたが、終わります笑  続きを読む

Posted by 吹田ユースネットワーク『すいっち』 at 22:42Comments(0)★一言★